はじめまして。たくさんのページの中から、しじま庵に目をとめてくださってありがとうございます。
この相談所を始めたきっかけは、「誰かが代わりに決めてくれる安心」が、長くは続かないと身をもって知ったことでした。背中を押してもらいたい気持ちは、私にもよくわかります。それでも、最後に納得できる答えは、ご本人の内側からしか出てこないと感じています。
しじま庵では、障子越しのやわらかな光の入る和室で、まだ形になっていない気持ちを、ゆっくり言葉にしていきます。季節の節目や昔話のような、日本の暮らしに根づいた知恵も手がかりにしながら。めざしているのは、言い当てることでも、通い続けていただくことでもなく、あなたがご自分で選んだ道を歩いていけるようになることです。
迷っているのは、それだけ大事なことに向き合っているから。うまく話そうとしなくてかまいません。思いつくままに、今の気持ちを聞かせてください。そのための小さな庵です。

※お写真は差し替え用のイメージです。
京都の古い町家で育ち、季節ごとのしつらえや年中行事に親しみながら大人になる。会社勤めのかたわら傾聴や対話の手法を学び、人の話を「聴く」ことそのものに力があると知りました。
言い当てることを目的にせず、相談に来た方がご自分の言葉で答えにたどり着く——そんな時間を大事に、個人で相談の場を続けています。北白川の和室での対面相談とオンライン相談のほか、季節の節目に合わせた少人数のお話し会も準備しています。

「しじま」は、物音ひとつしない静けさを表す古いことば。にぎやかな毎日のなかでは聞こえにくい、自分の小さな声に耳をすませる時間を、そう呼びたいと思いました。
「庵(いおり)」は、人がひととき身を寄せる小さな住まいのこと。立派な建物ではなくても、肩の荷をおろして深呼吸できる場所。しじま庵が、あなたにとってそんな「心の休み処」になれたら——そう願って名づけました。
二十代の私は、周りの期待に応えることばかり考えていました。人に勧められた道を選び、うまくいかないと自分を責め、気づけば何をしたいのか分からなくなっていたのです。そんなとき、町家の縁側で母がよく言っていたのが「急がんでええ、よう眠ってから決めなはれ」という一言でした。
その言葉どおり、焦るのをやめて一つずつ気持ちを書き出してみると、自分が本当に大事にしたいものが少しずつ見えてきました。そこから対話や傾聴を学び、季節の行事や昔話に込められた「区切りをつける」知恵にも助けられてきました。迷った経験があるからこそ、答えを渡すのではなく、あなたが自分の声に気づくまで、となりで待つ人でありたいのです。
「静けさ」「間合い」「余韻」——ことばにならない部分まで、ていねいに。
気持ちが波立っているときは、まず呼吸を落ち着けるところから。時間に追われない相談を心がけています。
沈黙も対話の一部です。言葉が出てくるまでの「間」を急かさず、年中行事の知恵なども交えてお話しします。
気づきは、帰り道や翌朝にふと訪れるもの。その場で結論を出さず、考える余白を残してお帰りいただきます。
相談の場をはなれた、ふだんの様子も少しだけ。